不都合な好条件

2024年02月01日

管理人の育った場所では敷地外に必死に石を投げても迷惑を掛けるようなことはなかった。とても広大な敷地だったのだ。だからと言って大地主の息子だとは誰も言ってくれなかった。今でこそ馬毛島バブルで条件は違うが当時は300坪で1万円くらいのものだった。

 

ヤギが畑で遊んでいたが逃げることもなかった。どこまでも敷地だからのんびりしたものだ。その環境は幼少期の管理人を他の人と違う人間に育てたようだ。

 

地声が大きくひそひそ話しているのに丸聴こえになるようだ。カラオケも楽器も遠慮なく何時まででもできた。不動産の仕事をする中でそのころのことを考えることがある。

 

「あそこは不便だから!」と誰かが口にする。そして安易に同調して確かに不便だと潜在意識に刷り込んでしまう。売れるものも売れないのは自明。

 

価値観をどこに設定するかで価値あるものになるのか無価値になるのか動くのだと思わないとだめだと思う。霧島市に射撃場があったり大分にモトクロス場があったり野外音楽場が設置される場所だってある。

 

我々不動産業に携わる人間の脳内はより自由に想像の翼を決してしまうことなく遊べるゆとりをもっていないとならないと思っている。

 

近頃の子どもたちはとても不自由だとおもう。ゲームばっかりしてと大人が言う。だがどこに行っても公園でもあれもダメこれもダメじゃどこで遊ぶんだと見ていて腹が立つほど。下のような施設がもっともっとできればと思っている。